2016年2月19日金曜日

出産時の入院のあれこれ

前回が出産でしたので、今回は出産後の入院についてです。
正直、嫌な思い出のほうが強いので箇条書きで進めていこうかと思います


  • 入院時は室料が増えないので四人部屋の大部屋になる。この時、隣のベッドのヤンキー姉ちゃんがこれから厄介な存在になる
  • ご飯は病院食なので、基本的には薄味。米は多めだけど、食べることしか息抜きができないので、ひたすら完食していた。
  • 食事時だろうが寝ていようが母子同室なので、子が泣いたらあやしたり授乳時間なら授乳しないといけなかった
  • これがけっこう精神的にきてしまい、変な焦燥感に襲われてしまいパニックになりやすくなる
  • おやつが出てくるので、これも楽しみだった
  • お祝いの料理は多かったけど、マタニティブルーが酷すぎて助産師さんとの面談をしていたので、冷め切ったものを食べることになってしまって残念ではあった
  • 夜寝ていると、泣き声で目が覚めてしまう。ただし、これは自分の子の泣き声ではなく、同室の別の赤子の泣き声で目が覚めてしまうのでうんざりしてしまった。しかもその母親は鼾をかいて寝ているので気付いていないらしく、睡眠不足に拍車をかけた
  • ヤンキー姉ちゃんのスマフォの通知が夜でもバイブレーションしていて、それもかなり響いていたため、うつらうつらしていると起こされてしまっていた。
    「うるさい!」
    と言うぐらいなら、その通知を切れよと切れかけていたが無用なトラブルを起こしたくなかったので我慢していた。おそらく、この我慢もストレスとなり適応障害っぽい症状を引き起こしたのだと思う
  • 検査や講義等で寝ようとしても、寝られずだんだんきつくなってくる。授乳や子供が寝て、自分も寝られる状況になったと思えばそういったものがあるので、寝られないでふらふらしながら聞いていた気がする
  • ヤンキー姉ちゃんのとこの見舞客がずっと居座っていて喧しくて昼間寝られなかった。この病院では室内に入る見舞客は二人までで30分以内だが、人数は守っても時間は守ってくれなくて、見舞い時間人が変わりばんこに来てずっといた。おそらく、談話室などで待機していて交代で入ってきていたと思う。小声で話すのならともかく、大声で話すのでかなり迷惑だった。これ、このヤンキー姉ちゃんも辛かっただろうな……。実両親も毎日来るし、義両親も毎日来て差し入れで食べさせられていたみたいだったし。なんだろう、迷惑を鑑みない連中はどういう思考回路をしているのだろうか? 単なる自己中心的な性格なのだろうか?
  • とうとう就寝時間に寝ようとして目を瞑るが、キャラや建物が無限増殖するアニメーションが延々と流れてしまい、
    「あ、これは脳が危なくなっているやつだ」
    と悟ってしまう。
  • この辺りから、昼間でも何故かべそべそ泣くようになり助産師さんから、一度だけ睡眠導入剤を渡されたり夜の3時間だけ子を預かったりをしてもらう
  • 心理士との面談や精神科医との面談をして産後鬱ではないが、そこそこ危ない状態だとなってるっぽく、投薬をどうするかという話になった。婦人科医や小児科医は投薬を精神科医の判断に任せるとしていたけど、精神科医は投薬したくないと主張。主張内容が、
    「母乳にあまり影響が出ない薬もあるが、仮に子供に何かあった場合、自分を責めるでしょう」
    この言葉に私自身も納得してしまい薬の投与は無しになる
  • 精神的に不安定のまま担当助産師による面談をし、産後うつのチェックテストを行うとかなり危ない値になっている。ただ、時期が時期なので産後うつなのかマタニティブルーなのかは判断つかないとのこと
  • ぼろぼろになりながらなんとか退院する

大まかにこのような流れです。
もうかなり前のことで記憶も曖昧になっています。
この後、さらに横浜市産後母子ケア事業を使い助産院に6泊7日でショートステイを突っ込んでなんとか産褥期は乗り切りました。
助産院では夜に一時的に子を預かってもらえたし、ご飯も美味しかったのがとても嬉しかったです。
本当に寝られないと精神が一気に削られてしまいますので、ありがたかったです。
これぐらいの時期に産後うつになって乳児院に子を預けないといけないのではないかという強迫観念があったぐらいでしたから。
今はだいぶ精神的に楽になっています。
でも、就活とかどうしたものかとなっていて厳しい物はありますね……。
というか、これがなかったら今思うと産後うつコースだった気がします……。

とりあえず、こんなところです。